オリジナル扇子工房 HOME > オリジナル扇子の解説 HOME > 扇子と文化  > 海外での扇子文化 1

オリジナル扇子の解説

海外での扇子文化 1

 扇子の歴史でも解説しましたが、扇子は日本で生まれたまさに「メイドインジャパン」です。当然、日本国内で数百年に渡って扇子文化が育まれましたが、同時に日本から海外に伝わったオリジナル扇子も各国で独自の扇子文化を育んできました。そこではオリジナル扇子の文化も発達してたことでしょう。今回は「海外での扇子文化」について解説したいと思います。

韓国での扇子文化
 日本のお隣、「韓国」でも、日本から伝えられた扇子文化が根づいています。韓国の扇子文化で特に有名なものといえば、近代に入って作られた創作舞踊「プチェチュム」と呼ばれる扇子踊りではないでしょうか。「プチェチュム」は「プチェ=扇子」と「チュム=踊り」を意味した言葉で、和訳すればまさに扇子踊りとなります。そこではきっとオリジナル扇子も使われたことでしょう。

 日本の扇子が和紙で作られることが多いのに対し、韓国の扇子は透き通った薄い布で作られています。日本の扇子に比べると、柔らかく優しい印象を与えてくれる扇子といえます。

 「プチェチュム」は、両手の扇子を広げる、閉じる、回すといった動きを組み合わせた複雑な踊りです。また、大勢で踊るときは2人ずつ組んで扇子で蝶の形を作ったり、全員で円になり花の形を作りながら回ったりもします。「プチェチュム」で重要なポイントは、基本的な手の振りや足の踏み出しだそうで、くるくるとなめらかに回れなければ華麗な舞いをすることはできないそうです。

中国での扇子文化
 扇子はもともと中国で生まれた「うちわ」が日本に渡り、うちわを折り畳んで携帯に便利な道具に改良し「扇子」が生まれたといわれています。日本で生まれた扇子は、鎌倉時代に、禅僧などによって中国へ渡りました。

 中国にわたった扇子は、ここで大きな変化がおこります。それまで日本の扇子は、片面にだけ紙が貼り付けられたものでしたが、中国で紙を両面に貼り付けるスタイルに変化したのです。中国で両面貼りになった扇子は、室町時代にまた日本へ逆輸入されました。当時、中国から渡ってきた扇子は、当時の中国の呼び名から「唐扇(からせん)」と呼ばれ、その後日本でも両面貼りの様式が使われるようになったそうです。

 もちろん、中国も独自の扇子文化を形成してきました。ただ、当時の中国で扇子を持つのは一部の人間に限られていたようです。王朝時代ですと官僚や文人、民国時代も文人や知識人などのステータスの小道具としてオリジナル扇子が用いられることが多かったようです。当時の肖像画や絵画などをみると、扇子を手にしたモデルが多いことがよく分かります。

 中国では「インテリ」層の小道具として発達した扇子(オリジナル扇子)ですが、一方でまったく違った発展もしました。それは「鉄扇(てっせん)」です。扇ぐ道具であったはずの扇子が、なぜが武器として発達していったというのは、非常に興味深い事実ですね。

 この「鉄扇」は、文字通り骨に鉄が使われており、基本的には殴打用の武器として用いられました。かつては、武器の持ち込みが禁じられた場所で護身用の暗器(隠し持つ武器)として多く用いられたそうです。それがさらに発展し、扇子の中に刃や針を仕込んだものなども考案されていたそうです。

オリジナル扇子の解説

お見積もりはこちらからどうぞ

オリジナル雑貨工房

オリジナル雑貨工房

舞扇堂
オリジナル扇子工房
(舞扇堂 製造部)

〒612-0065
京都府京都市伏見区桃山羽柴長吉東町58番地

FAX:075-603-5929