扇子(オリジナル扇子)の種類
京扇子(きょうせんす)
扇子(オリジナル扇子)の生産は平安時代の京都で始まりました。現在も京都市、五条大橋の西北詰に扇子(オリジナル扇子)生産発祥の地を記念した扇塚があります。京扇子の製作に当たっては二十もの各工程をそれぞれ専門の職人が担当する分業制を採っています。京扇子には江戸扇子と比べると骨の数が多いという違いがあります。また、扇面のデザインは豪華さや優雅さに特徴があります。
江戸扇子(えどせんす)
京都で行われていた扇子(オリジナル扇子)生産は、元禄時代に京都から移ってきた宝扇堂久阿弥の初代金兵衛によって江戸へ伝わります。江戸扇子は京扇子に比べて骨の数が少なく紙の折幅が広いのが特徴です。扇面のデザインは江戸の人々の好みに合わせて、さっぱりした、粋を意識したものが主流となっています。江戸扇子の製作は絵付けをする絵師、組み立てをする仕立て師だけの少人数で作られるのも特徴です。
蝙蝠扇(かわほりせん)
平安時代、最初に登場した紙貼りの扇子です。宮中では夏服用の扇子(オリジナル扇子)として正式に採用されました。蝙蝠扇の骨は五本で、片面にだけ紙が貼られていました。名前の由来は、元は「かみはり」と呼んでいたものが変化して「かわほり」となり、さらに中国で古来より吉祥獣とされていた蝙蝠の字をあてたと言われています。あるいは扇を開いた形が蝙蝠に似ていたことからとも言われています。
六骨(ろっこつ)
蝙蝠扇より一本多い六本の骨でできた扇子(オリジナル扇子)です。扇面には紙が両面から貼られていました。六骨は鎌倉時代に上級武士の間で流行します。現代でも、舞踊において奈良、平安時代の王族や公家、武家の男女の役の持ち扇として使われています。
中啓(ちゅうけい)
室町時代に誕生した扇子(オリジナル扇子)の形のひとつが中啓です。親骨が外に向かって反る形になっており、扇子(オリジナル扇子)を閉じると先端部が開く(啓く)ことから中啓と呼ばれました。現代では歌舞伎や能楽、僧侶や神官の持ち物として使われています。扇子(オリジナル扇子)を末広と呼びますが、中啓の末広がりになった形を指して生まれた言葉です。
雪洞(ぼんぼり)
室町時代に誕生した扇子(オリジナル扇子)の形のひとつです。親骨が中啓よりも小さく反っており、中啓の略式として宮中や僧侶らに用いられます。
鎮折(しずめおり)
室町時代に誕生した扇子(オリジナル扇子)の形のひとつです。扇子(オリジナル扇子)が簡単に開かないよう、親骨の先端を少し内側へ曲げてあります。最も一般的な扇子の形です。
舞扇(まいおうぎ)
日本舞踊に使われる扇子(オリジナル扇子)です。骨の数は十本あり、扇面には舞踊の演目に合わせた図柄を見栄えよく描きます。能の裳束をつけず舞だけを演じることを仕舞(しまい)と呼び、仕舞に用いる仕舞扇(しまいおうぎ)は舞扇よりも大きなものになります。
茶扇(ちゃせん)
茶席にて携帯するため、やや小さく作られた扇です。常に閉じた状態で使われ、挨拶をするとき、何かを拝見する際に膝の前へ置きます。膝の前へ置かれた茶扇は「敷居」の代わりとされ、謙譲の意を現します。
鉄扇(鉄扇)
親骨が鉄で作られた扇子(オリジナル扇子)で、武士が護身用に携帯しました。新撰組の筆頭局長であった芹沢鴨は「尽忠報国」と書かれた三百匁(1125g)の鉄扇を持っていました。閉じた扇子を模した金属の棒を鉄扇と呼ぶ場合もあります。
洋扇(ようせん)
扇子(オリジナル扇子)は誕生以降、日本から中国への輸出品のひとつでした。やがてインドを経由して扇子がヨーロッパへと渡ります。小さく折りたためる利点と、装飾性が評価されヨーロッパの上流階級へ広まった扇子が独自の発展を遂げた結果、洋扇が完成します。
鳥の羽根やレースを貼った扇子(オリジナル扇子)などが作られ、十七世紀のパリには扇を扱う店が150軒を数えるほどでした。日本の扇子と洋扇ではいくつかの違いがあります。日本では固く閉じる扇子(オリジナル扇子)を良い物としますが、洋扇では軽い力で広がる扇子が良い物とされました。扇面の絵は、日本では扇形の弧に合わせて水平の線も曲線で描くのに対し、洋扇では水平の線は直線で描かれます。扇子の骨も、日本の扇子に比べて洋扇は数が多いのが特徴です。





