エジソンと扇子
京都府八幡市の京阪電気鉄道「八幡市駅」を降りると、すぐ南に男山(おとこやま)が見えます。男山をケーブルカーで登った先には日本三大八幡宮のひとつ石清水八幡宮があります。
石清水八幡宮の建立は、弘法大師空海の弟子であった大安寺の僧「行教(ぎょうきょう)」が宇佐八幡宮にて天皇護持のため90日間の参篭参詣をした折に「われ都近く男山の峰に移座し国家を鎮護せん」との神託を受けたことに始まります。清和天皇の命により、すぐさま男山に本殿三宇、礼殿三宇から成る六宇(ろくう)の宝殿が造営され、行教が託宣を受けた翌年、貞観2年(860)年4月3日、八幡三所大神が正式に鎮座することとなりました。
以来、石清水八幡宮は王城守護の神として皇室・朝廷より篤い信仰を受け、本社は伊勢神宮に次ぐ皇位第二の宋廟とされ、天皇・上皇の行幸や御幸は、円融天皇(第64代)の参拝以来、現在までに実に250余度にも及びます。また、源氏をはじめとする多くの武士が八幡大神を武神として信仰し、特に源頼信にはじまる河内源氏の一族は、八幡大神を氏神として信仰し全国に数多くの八幡宮を建立しました。
石清水八幡宮の敷地内にはエジソン祈念碑があります。千年をこえる伝統を持つ日本の神社と、発明家のエジソンというのは何とも奇妙な取り合わせに見えますが、エジソンによる電球の開発には石清水八幡宮のある男山と、扇子(オリジナル扇子)が深く関わっていたのでした。
エジソンは電球のフィラメント(細い線から成る発光部)として木綿糸を使っていましたが、寿命は40時間ほどしかなく、短い寿命は電球を普及させる妨げとなっていました。
より長時間の発光が可能なフィラメント素材を求めたエジソンは、6000種類にも及ぶ材料を試し、その中には友人の髭までもがあったそうです。
あるとき、たまたま見つけた扇子(オリジナル扇子)の親骨から竹の繊維を削り取り、フィラメントとして用いたところ200時間ものあいだ発光し続けたました。エジソンはすぐさま巨費を投じて世界中から1200種類もの竹を集めます。
1880年、エジソンの依頼を受けた探検家ウイリアム・ムーアが日本を訪れ、当時の首相であった伊藤博文に面会し「竹なら京都へ」との助言を得ます。ムーアは京都府知事槙村正直から「竹なら男山か嵯峨野がいい」と教えられ、手に入れたのが石清水八幡宮の真竹で作った扇子(オリジナル扇子)でした。
男山の竹から作られたフィラメントは実に2450時間の発光時間を記録し、実用に耐える電球の完成に大きく寄与しました。こうして、男山の竹はエジソン電灯会社へ輸出され、世界に明かりを灯すこととなったのです。オリジナルの電球には、日本の扇子(オリジナル扇子)からとった竹が使われていたなんて、歴史のロマンを感じますね。
エジソンの偉業と男山の竹が果たした役割を記念して、昭和9年に石清水八幡宮境内に記念碑が建てられました。毎年、エジソンの誕生日である2月と、命日の10月には記念碑に花が捧げられ、日米両国の国旗を掲揚しての碑前祭が行われています。





